東京都立大学 教授 長谷 和徳様
慶應義塾大学大学院理工学研究科生体医工学専攻博士課程修了、博士(工学)。産業技術総合研究所主任研究員、名古屋大学大学院工学研究科機械工学専攻助教授などを経て、2009年に東京都立大学都市教養学部理工学系機械工学コース准教授、2012年より教授。
先生の研究分野について、教えてください。
人の身体には骨や筋肉、神経など、数多くの組織や器官があり、それぞれが連動して歩いたり、走ったりといった動きを生み出しています。そうした「人間の身体運動」を生体力学の観点から分析し、健康・福祉分野の役に立つ工学技術の開発を行っています。研究を進める土台になっているのは、「デジタルヒューマン」という技術です。
例えば人の歩行は、基本的な日常生活動作のひとつですが、詳細に工学的に分析すれば、多数の筋肉が協調して働き、効率的な動きを実現する複雑な現象と言えます。このような複雑な生体の活動状態を数値化し、数理モデルとして表したものがデジタルヒューマンと呼ばれるものです。デジタルヒューマンによって、人の身体運動をコンピュータ上で再現できれば、身の回りの製品設計評価やリハビリテーションなどさまざまな場面への応用が期待できます。
私たちの研究室のもう一つの研究理念は「人間中心設計」です。ただ単に機械のことだけを考えたモノづくりを目指すのではなく、人間を中心に据えた、そのモノを使う人にとって真に役に立つモノづくり、設計支援技術を生み出したいと考えています。
企業と共同研究を行うケースも多く、過去には高齢者転倒予防訓練システムや歩行評価システムの開発などを行いました。
現在、力を入れている研究は?
障がい者を対象にしたものとして、義足の設計・開発を行う研究があります。義足はその人にとって、身体の一部。使う人の身体の動きによく合い、より快適に日常生活動作ができるような義足を開発したいと考えています。そのために、体格条件のほか、膝関節の曲げ方、歩き方、力の入れ方、義足の素材や形などさまざまな仮想的な力学条件を設定し、コンピュータ上でシミュレーションをします。そうして、導き出されるのが、「その人に最適な義足はどのようなものなのか」ということ。従来は職人的な試行錯誤によって行われていたことですが、この研究によって、力学的理論に基づくコンピュータシミュレーションによってそれが可能になり、よりその人に適合した義足をつくることができるようになります。
一般の方向けの義足のほか、パラアスリートの協力を得て、スポーツ義足の設計・開発にも着手しています。これは走り幅跳びの競技を想定したもので、踏み切り動作と、そのときの板バネ状のスポーツ義足の変形状態を解析し、できるだけ遠くまで跳べるよう、コンピュータでシミュレーションを重ねました。その結果、コンピュータ上では世界記録を更新する跳躍動作を実現し、それに応じた義足形状を求めることができるようになりました。義足の履き心地など改良すべき点も少なくありませんが、今後も研究を続け、選手のパフォーマンス向上に結びつくような義足を誕生させたいです。
義足のほかには、どのような研究に取り組まれていますか?
自動車メーカーと共同で、「自動車運転操作系の視認性評価」の研究に取り組んでいます。
運転席や助手席の前には、運転操作のためのスイッチや計器類がたくさん設置されています。「インパネ」(インストルメントパネル)と呼ばれる部分です。その設計においては、ドライバーにとっての見やすさを考えなければなりませんが、見やすさは,頭部・眼球と対象物との位置関係だけで決めることができず、運転姿勢や体の動きを含めて検討することが必要です。そこで、自動車インパネの視認性(見やすさ)について、「デジタルヒューマンを使って評価したい」という開発現場からのニーズに応じ、研究がスタートしました。ドライバーの眼や体の負担を含めた計器類の見やすさをコンピュータ上で詳細に評価ができるシステムを構築できれば視認性の高いインパネを効率よく設計できるようになるでしょう。
実用化はこれからですが、近いうちに設計の現場で使われるようになるでしょう。
ワークステーションはどのように活用しているのですか?
私の研究では繰り返し計算による最適化シミュレーションを行いますので、高い計算負荷に対応できることと、並列計算をするのでコア数の多いCPUがコンピュータに求められます。そんな条件に合うコンピュータとして、使っているのがアプライド製品です。安定性や並列計算のしやすさといった性能に加え、コストパフォーマンスもよく、研究の助けになっています。
今後の展望について、教えてください。