世界初!動く分子の姿を追い求める最先端技術とは
The University of Tokyo
世界初!動く分子の姿を追い求める最先端技術とは
Harano Koji
原野 幸治 先生
東京大学 大学院理学系研究科化学専攻 特任准教授
今まで誰も見ることができなかった分子の世界。その研究を進める原野先生を紹介
私達の体を構成している分子。究極に小さいことから、ひと昔前までは最先端の科学技術を駆使してもその姿を見ることができませんでした。
長年研究を続ける化学技術を通して、ただ止まっている形を見るだけでなく、動いている分子をリアルタイムで撮影して、世界に衝撃を与えた先生の研究についてお話を伺いました。
―先生の研究内容について教えてください
私は学生の頃から化学に20年ほど携わっていますが、一貫して「分子」を研究対象としています。
世の中の物質の多くは分子で作られていて、私達の体も非常にたくさんの分子が集まったものです。
分子は物質を構成する上で非常に大事な要素ですが、私達はその最小単位である「分子」を直接見るという研究を行っています。
分子の大きさはメートルで言うと、10億分の1メートルという単位で、10-9メートルと表記されます。
人間の目では、せいぜい10-4メートル程度の物体までしか見ることができません。
理科の授業で使われるような光学顕微鏡を通してみても、10-6メートルまでしか見ることができず、昔の技術では分子は絶対に見ることができませんでした。
例えば、「ベンゼン」という分子があります。
「ベンゼン」というのは炭素が六角形に並んで、その炭素に水素が1個ずつついているものです。
「ベンゼン」が六角形であるということは150年程前から提唱されてきましたが、だれもその六角形の分子の姿を見ることができませんでした。
そのため、化学の授業で「ベンゼン」というのは六角形ですという話をしても、誰もみたことがないのであれば説得力に欠けます。
ですが、実際に自分の目で形を見ることができれば、誰もが納得するのではないか?ということから、近年では多くの研究者が分子のかたちを見る研究を始めています。その中で私たちは、新しい顕微鏡技術を開発することで、分子が動く姿を直接とらえる研究を始めました。
今までは分子を見るためには、分子を固定しないと見ることができませんでした。
昆虫で例えるならば、美しい蝶の標本というのは死んだ蝶を見ています。
ですが、本当の意味で科学的に面白いのは死んだものより生きていて動きがあるものを見ることです。
分子というのは私達の体で色々と働いていますが、必ず動きがあるわけです。
分子の形は何となくわかりますが、止まっている形よりもどんな動きをするのか、どんな形に変化するのかといった、動きというものが凄く大事です。
そこで私の所属する研究グループでは、できる限り生きている分子をリアルタイムで撮影できないかということを思い立ち、ある顕微鏡法を応用してその技術を確立することに成功し、世界で初めて分子が形を変えて動く様子を捉えました。
私自身はその中でも、化学反応をみるということに注目して研究に取り組んでいます。化学反応を研究することは新しい物質を生み出すためにとても重要ですが、実際にフラスコの中でどのように分子が反応し、形を変えているか、その様子をとらえることはきわめて困難でした。我々は、フラスコの中の分子をひとつひとつ取り出して電子顕微鏡でみる技術を開発し、時々刻々と変化する分子の様子を描き出すことに成功しました。このように化学反応のしくみを詳細に理解することで、新しい物質の開発が可能になると期待されます。
私達は顕微鏡そのものを作っているわけではなく、少し工夫を入れてどうしたら物が見えるようにできるかということを日々試行錯誤して研究をしています。
ただ、この技術はまだ新しく、その応用の可能性については未知の部分がたくさんあります。
そのため、今は様々なデータを出して今までになかった技術を利用して新たな可能性を実現化する研究をしているという取り組みを世界中に広く発信していきたいと考えています。
最近の話で例えれば、史上初の撮影に成功したブラックホールですが、今までは誰も見たことがありませんでした。
ですが今回その望遠鏡写真が撮られた事によって、なぜ明暗に差が存在するのか、ということや、写るであろうと思われていたものが写っていなかったなど、天文学者にしてみれば様々な想像が掻き立てられるそうです。
このように、見えなかったものが見えることによって、はじめて新しい学問に疑問が生まれてきて、次の学問へと発展していきます。
「分子」についてもまだ「綺麗な像を撮る」とか「速いカメラを使う」など様々な課題はありますが、こういった説得力があるものが撮れるということは非常に大事だと思います。
―研究室について教えてください
私達の研究室は国際化が進んでいます。
非常に国際色豊かで教員および学生の約3分の1は外国人です。
アジアやヨーロッパから留学生や研究者が来ていて、もちろん彼らとのディスカッションはすべて英語です。
国籍だけではなく研究のバックグラウンドも化学、物理、生物、工学など様々な人達が集まっています。
日本人が日本人相手に戦うのではなく、最初から外国人や知識もバックグラウンドも異なる集団で切磋琢磨して、新しい学問・分野を作っていこうという取り組みをしています。
―研究を通じて学生に教えたいことは?
研究というのはチャンスだと思った時に、「これはもしかしたら凄い発見に繋がるのではないか?」という嗅覚が大事だと思います。
その嗅覚はどうやって養われるのかと言うと、普段から疑問を持ち続けることや日々の研究に疑問を持ち続けることだと考えています。
私自身も学生の時に論文をいくつか出していますが、研究をはじめた当初に描いた予想通りに成果が出たことはほとんどありません。
予想と異なる結果がでてきて、その結果を吟味したら、実はとても面白いことが起こっている!ということに気づいたことで、研究成果をまとめることができました。
教科書に書いてあることばかり勉強するのではなく、自分が見たものを信じてそこから色々考えを巡らせるということは大事な点だと思います。
思い通りに行かなくてももっと面白いことが見つかれば研究は絶対に楽しいです。
研究通りに成果がでなくて悩んでしまう人も多いですが、実験が上手くいかなかったこともそれは成果です。
誰も試したことがなかったのだから、上手く行かないということが新しい知見となります。
それは全然恥じることではなく、考えを巡らせながら研究を楽しんでほしいです。
―東京大学の魅力は?
研究環境が恵まれていることももちろんですが、インターナショナルなところが一番の魅力です。
日本を訪れる外国の先生の多くは、「東大に知り合いがいる」「東大で色々な先生と知り合いになりたい」といった理由で東大を訪れてくれます。
そのため、国際的な研究者と触れ合う機会がもの凄く多いです。
地方では最先端の研究の話を海外の先生に話をしてもらいたいと思ってもなかなか現地には呼べません。
人の往来が激しく様々な研究者と触れ合う機会が多いのは東大のメリットに感じます。
また、大学の名前そのものが世界で知られているというところがポイントだと思います。
そのブランドは世界と渡り合っていく上でも活きるので、ブランド力も魅力の一つです。
―高校生へ伝えたいことは?
自分のやりたいことは何か?ということをよく考えてもらいたいです。
私は高校の時の得意科目がそのまま職業になりましたが、そのきっかけは単に化学の成績がよかったというだけではありません。高校2年生の時の授業で「風邪を引いた時に薬を飲むと熱が下がる」というごく一般的な事象でも、分子が我々の体のなかでどのように働いて熱を下げているのか,ということに関してははっきりとはわかっていない、ということを教わり、そんなこともわかっていないのか!と衝撃を受けました。それと同時に、ならば全部分子の働きで説明できたらどんなに面白いだろう!と思い、これが自分のやりたいことだなと思いました。
あと、若いうちに色々なところへ行って色々な大人に話を聞くことをおすすめします。
高校では成績が良い方で頭は良いと自分でも思っていたのですが、大学にいってみるともっと凄い人が多く、さらに頭が良いだけでなく物の考え方が大人びている友人がだくさんいました。そういった方々に話を聞くと、中学や高校生のうちに大学や会社を訪問し、働く現場をみせてもらうなどして、大人としての生き方を学ぶ機会があったようです。
やはり大人が知っていることはたくさんありますし、高校の中にいるだけでは高校のこと以上の情報は入りません。
今はwebもありますが、生の声というのは凄く大事だと考えています。
オープンキャンパスでも良いですし、OB訪問や知り合いのツテなどでも良いと思います。
実際に足を運んでみて、色々な大人に苦労話も含めて話を聞く機会を増やしてもらいたいです。
研究室の先輩たちの主な進路先
大学教員、国内外の研究機関研究員、化学系メーカー(国内および外資系)、製薬会社など
東京都文京区本郷7−3−1
東京大学本郷キャンパス分子ライフイノベーション棟701
http://www.chem.s.u-tokyo.ac.jp/users/common/NakamuraLab.html